「ボクの音楽武者修行」小澤征爾 新潮文庫

本作は、彼が26歳の時に、渡欧の経験を自伝としてまとめたものです。
小澤征爾は神奈川県川崎市幸区戸手町で過ごしたこともあり、本書の中で「川崎で飲む」という言葉が著者の当時の手紙の中で頻繁に登場します。地元・川崎市に縁があるとは、何とも嬉しいものです。

ボクの音楽武者修行 (新潮文庫)
1. 新しいことに挑戦する喜び
全く知らなかったものを知る、見る、ということは、実に妙な感じのするもので、ぼくはそのたびにシリと背中の間の所がぞくぞくしちまう。日本を出てから帰ってくるまでの、二年余り、いくつかのゾクゾクに出会った。
私は高校を卒業した後、大学には行かず(どこも受からずに笑)にカナダのバンクーバーへと飛び込んだ経験があります。初の単身での海外渡航、行の成田空港出発ロビーは、既に経験したことのない異世界でありました。拙い英語力で色々な国の人たちへ、一所懸命に話しかけました。心細かったですが、同時に何とも言えない高揚感がありました。あの時の感覚は、今でも昨日のことのように覚えています。

2. 動けば打開できる
外国の応募者にまじって、言葉のよく通じないぼくが孤軍奮闘しようというのだから、その悲壮ぶりを想像していただきたい。
カナダに着いた後はすぐに滞在先の近くにある公園に行き、地域コミュニティーに飛び込みました。そこにいたのは中学生の野球チームで、練習を見守っている父兄の人たちへ声をかけてみました。「今日、私は日本から来たのだ!」と力強く伝えると、彼らは私を快く歓迎してくれました。何とその次の日には、50人くらいが参加したハンバーガー・パーティに招待してくれたのだから、驚きでした。私の不安はどこかに吹き飛んでしまいました。例え心許なくとも、力いっぱいに挑戦すれば、素晴らしい道は自ずと開けてくるのです。

3. 食う寝るはエネルギーの源
何より、柔軟で鋭敏で、しかもエネルギッシュな体を作っておくこと。また音楽家になるよりスポーツマンになるようなつもりでスコアに向かうこと。
カナダでの野球生活が始まりました(名目は語学留学なのに)。運動不足の体では、彼らと渡り合うことは難しいです。私はどういうことか、留学二日目にして彼らの打撃コーチとして、チームに参加することになりました。しかし、夏の練習は非常に体力を消耗します。私に語学学校へと通う気力は、既にありませんでした(おい!)。これだけは本当にもったいないことをしました。何をするにせよ、体力だけはつけておくに越したことはありません。

こちらも朝日中高生新聞で書評を書きました。なかなか好評だった記事です。
朝日中高生新聞20160515「ボクの音楽武者修行」小澤征爾 小さい
「異国で奮闘する姿に勇気」
この本は、世界的な指揮者である小澤征爾が26歳の時に書いた自伝的エッセイです。小澤氏は音楽家として生きる道を決心し、ヨーロッパを周る中で、数多くの手紙を家族や友人に送りました。文中には当時の手紙がそのまま引用されているので、異文化の中で奮闘する様子を、読者も追体験することができます。
私は高校を卒業してすぐに、カナダのバンクーバーに留学しました。その時に日本から持ち込み、辛いことや苦しいことがある度に読み直したのがこの本です。
ギターを背負い、日の丸を掲げたスクーターでフランスを巡る作者の一人旅は、好奇心と喜びに満ちあふれています。見知らぬ人たちと出会い、試行錯誤しながらも自分の意志を表現することで、新しい道を切り開いていく……。行き当たりばったりだけれど、徹底した努力と持ち前の固い信念で、国際的な指揮者コンクールに挑戦していく様子は、初めて異国の地で生活する私を、大いに励ましてくれました。
留学の際に、落ち込んだとしてもこの本を読めば、きっと立ち上がるエネルギーが湧いてくるはずです。

小松雄也